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体育研究と教師の成長

新米研究者の研究・教育に関するデジタルポートフォリオ

査読付論文

昨日は初めての査読付論文の

修正版を提出した。

今までも査読っぽい論文は書いてきたが

学会に提出するのは初めてであった。

修正表と修正論文を恩師に見てもらったが

「全然ダメ」のお言葉。

そもそもレフリーの方の立場を考えておらず

自分の都合で書いていたのだ。

そのご指摘を受けて再度書き直し

ようやく完成。

ただ、最近自分でもわかるのだが

論理的に書けていないし

書いている内容も薄っぺらい。

今ある力はそれくらいと認めて

これを伸ばせるように

これから毎年査読付論文に挑戦していこうと思う。

研究デザイン

昨夜は恩師の研究室で

自主勉強会であった。

私を含めた元ゼミ生3人で

学界発表や論文発表に向けた

研究について検討している。

かつて恩師が日々書いているブログを読んで

恩師と勉強会ができるなんてうらやましいと思っていたが

それがまさに現実となっていることに感謝だ。

しかし、研究に関して恩師は甘くなく

ビシバシと厳しい意見や研究者としての知見を与えてくださる。

2回目の勉強会が終わって自分の課題がわかった。

それは研究デザインを構築できないことである。

今思えば、このために科研費も採択されていないのだ。

課題がわかればそれをクリアするのみ。

努力しよう!!

久しぶりの給食

昨日はある小学校で

1日体育の授業を参観した

体力向上に資する体育授業改善のために

期間記録法で体育授業を分析した。

どの授業も私に見てもらうために

それぞれができることをしていることが感じられた。

課題も見つかったが

きっと学校全体の授業力量向上に資する

いい取り組みになるように感じた。

4時間目終了後

校長先生の取り計らいで

1年ちょっとぶりの給食をいただいた。

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この写真には載っていないが

実は納豆もおかずだった。

私が小学校に勤務しているときは

絶対に納豆は出ないと踏んでいたので

「先生の嫌いな食べ物は納豆です」

と公言していたが

この市では無理だった。

校長室ということで指導主事にあげたが

教室でたべるなんて言わなくてよかった…

自分が変われば世界が変わる

本学はキリスト教系の大学であるため

1時間目が終了すると

チャペルタイムという名の

説法(?)の時間がある。

自由参加であるが

チャプレン以外にも

教員や職員が日替わりで

あるテーマについて話をする。

本日は私が担当であった。

お題は「ものさし」

挨拶を3通りの話し方で行い

それぞれの意図について話した。

(声の高さ・語尾・体をひらく)

これをものさしとして

ジャパネット高田の社長を分析した。

ものさしがあると

ジャパネットが通販番組から

話し方講座になることを示し

「大学とはものさしを得るところ。

 ものさしを持てばものの見方・考え方が変わる。

 ものの見方・考え方が変われば

 世界の見え方が変わる」

ことを話した。

そして、小学校教員の時から子どもたちに伝えていた

「自分が変われば世界が変わる」で締めくくった。

反響はまずまずだったが

ひとまず終わってよかった…

数字に語らせる

昨年、研究論文を書こうと

あるデータを分析したが

そこから何も知見が得られなかった。

分析するための自分の技量がなかったからである。

今年同じデータを再度分析し直したが

そこからある知見が得られた。

質的研究についても

量的研究についても

研究者としてはまだままだだが

その方法は独学ながら勉強している。

分析方法を知ると

感覚的に感じることを

数字も語ってくれることがわかってきた。

私が語ると主観的な感じがするが

数字が語ると客観性が増す。

統計オタクにならないように

現場で培った感覚を

数字で語らせていきたい。

 

腑に落ちず

現場教師から研究者になって

一番苦労することの一つが

統計ができないことである。

もちろん勉強してある程度のことは

わかるようになったが

そもそもなぜそれをするのかといったことが

わかっていないので腑に落ちない。

現場の教師の手応えを

研究の知見にしたいのだが…

統計=研究ではないので

他の方法をやればいいのだろうが

できないと悔しい。

いつの日か腑に落ちるのだろうか?